ヨロンマラソン(与論マラソン)
毎年3月開催

【【 大会公式 HP 】】
大会開催要項 (ランナーズHP大会ガイド)
与論島観光案内 (与論島観光協会 HP)
    〃     (与論町役場 HP)
リクルート【与論島】 見る情報遊ぶ情報

与論島の紹介

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                             与論島
         ~ 東洋の海に浮かぶ青い真珠、人の絆深き心優しい島 ~

●与論島の歴史と伝統 : 1609年、薩摩藩が琉球に侵攻し与論含め琉球王国全体が配下に入ることになる。与論以北は薩摩藩に割り取られ、このことがその後の与論の歴史に影響を与えることにもなる。
 明治後半、人口の増加と厳しい自然のため、島民の一部が長崎口之津町へ入植することを決断する。後に炭鉱採掘で賑わう福岡の大牟田へ移住するが、移住者の生活は決して楽なものではなかったと言う。そんな中でも与論島のことは決して忘れず島に残った人々との絆は未だに深い。
 昭和21年、敗戦により与論を含む奄美群島は沖縄と共に米国の統治下に置かれることとなる。本土に比べ復興が遅れ、不便を強いられ生活水準もなかなか向上しない日々が続く。いつかは日本に復帰できると信じていた島民は、北緯29度以南の奄美群島と沖縄を米国統治下に置く対日講和条約締結の動きを知り、復帰運動が燃え上がる。高校生までもが署名活動や街頭演説に繰り出した。”日本人は日本に返せ”というスローガンの下、奄美群島民総出の運動は身を結び昭和28年、北緯27度線から北の与論島以北の奄美群島が返還された。翌29年には奄美群島特別措置法が制定され、沖縄より一足早く、戦後復興が始まった。復帰の願いがかなえられてからも、琉球の時代から沖縄と深く結びついていた与論は沖縄本島返還の運動を支えた。沖縄の人々を迎え、与論沖の27度線上で祖国復帰海上交歓会が行われ”沖縄を抱き取ろう”と書かれたのぼりを掲げた。
 昭和40年代、国内の旅行ブーム・離島ブームに乗り、多くの観光客が来島し一躍与論の名が知れ渡るようになる。沖縄の本土復帰も実現し、島民の暮らしの上で障害になっていた境界線もなくなった今、真珠のように美しい島の自然を守りながら与論は平和な時代を迎えている。

●与論島の産業・名産品 : さとうきび・畜産(子牛取り、本土牛の故郷)・園芸・花き栽培・泡盛【有泉】・黒糖・もずくそば・天然塩・にがり・木枕

●与論島散策 : 百合ヶ浜に代表されるように島の周囲に白砂の美しい浜が点在する。近場では茶花から歩いて行ける集落のはずれにあるウドノスビーチは遠出したくない方にお勧め。この辺りの建物は、与論島がギリシャ・ミコノス市と姉妹提携していることからギリシャに似た感じに模様替えしている。空港すぐ横のホテルプリシアリゾートのビーチや静かなサンセットビーチなどはカップルで来島した方にお勧めだ。
 車があれは島内は楽に見て回れるが、島一周するバスも北周り・南回り合わせて一時間に一本の間隔で走っている。島の歴史・民俗・自然を紹介している
サザンクロスセンター、昔の島の暮らしを紹介している与論民俗村ユンヌ楽園は島の歴史を感じ取りたい人は是非訪問したい。看板が少なく判りづらいが茶花集落から2kmほど離れたところにあるシャロン農園では島で育てて絞った南国フルーツのジュースが飲める。こじんまりとはしているがいろんな果物を生育している園内も見学もできる。
 どこへ行っても島の人達は皆気さくで親切だ。豊かな自然に囲まれ真直ぐに生きてきたからなのかもしれない。宿のおじさんおばさん・各施設の人達・お店の人・通りがかりの人、誰とでもちょっとしたおしゃべりが楽しく感じる、そんな島だ。

●与論島への交通 :◆鹿児島から飛行機で1時間45分(1便/日)・船で19時間40分(1便/日)【マリックスライン大島運輸】 ◆沖縄那覇から飛行機で35分(2便/日)・船で3時間40分(1便/日)【マリックスライン大島運輸】、
※那覇発ヨロン行きのフェリーは朝出発するので、本州から那覇へ飛行機で入りフェリーを利用する場合与論島まで1日では着かない。
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ヨロンマラソンの紹介


●コース概要 : 与論島を囲むように海沿いを走る道がコースで、一周約20kmの島を折り返す形で二周する。主にさとうきび畑が広がっている土地であるが、宮古島のように大規模ではないのでなんとなく本土の田舎の雰囲気が漂う。
 島の中心である茶花集落をスタート。初めからアプダウンのある中、空港・港の横を走る。空港と言っても便数が少ないので非常に静かでのどかな感じだ。港も過ぎた5km辺りから前方をふさぐように横たわる崖が視界に入ってくる。これはかつて城跡があった高台で、右側の海の横を回るように60mほどの高さまで上っていくのでペースは控えめに。この坂を上るのは7km辺りから。崖と海の間を這うように上る”昇龍橋”からの景色は最高だ。戦後一時期国境線が引かれていたこの海の向こうには、晴れていれば間違いなく沖縄本島が見える。このコース中一番の峠を越えるとまた与論東側の新しい景色が見えてくる。島を囲む珊瑚に波が当たり白く輝き、発電用の風車が回る。12km付近では大金久海岸の広く白い砂浜も正面に見えてくる。コース中一番景色のいい区間なのでしっかり顔を上げて走ろう。ただし坂が波のように続くのでちょっと辛いかもしれない。
 大金久海岸から少し進んだところから折り返しまでは、海岸線から少し離れた高台の道を走るので海の展望がいい。畑の中をくねくねと縫うように走っている道なので飽きもこない。ゴール地点とは目と鼻の先の茶花集落の外れで折り返しとなり、また来た道を戻る。真珠にたとえられる青く輝く海も所々で眺めることができ、南の島をからだ全体で感じられる美しいコースだ。
 

●大会の生い立ち : 折しもマラソンブームが巻き起こる平成4年、観光島【与論島】らしい楽しめるマラソン大会を開こうと始まった。イメージしたのはホノルルマラソンのようなお祭り気分にひたれる楽しい大会。制限時間もなるべく長くし門戸を広げた。広く知れ渡っていた南海の楽園【与論】の名もあってか初回から2000名近い参加申し込みが殺到した。豊かな自然に囲まれた与論の島民性はとてもアットホームで温かい。現在もゴールでの制限時間が過ぎても走っているランナーがいる限り”最後まで一生懸命サポートします”と言うスタッフの温かい言葉がとても頼もしい。エイドでの品揃え、前夜祭、完走後のパーティー(写真)などからは精一杯選手をもてなそうという気持ちが伝わってくる。【東洋に浮かぶ真珠の島】はホノルルに引けをとらない心から楽しめる大会へと成長してきた。多くのリピーターが含まれる、県外参加者の多さもそれを物語っている。
 フル・ハーフマラソンの他、フルのリレー部門も設けられている。

●エイドステーション : 水・スポーツドリンク・おにぎり・バナナ・黒糖・漬物・豚汁・ヤギ汁 ^v^  他私設エイドあり。

●2005年大会記録
参加人数 フル: 474名(完走者) 
ハーフ: 426名(完走者)

フル

ハーフ

総合順位

男性

女性

男性

女性

1位

2:34:32

3:36:49

1:13:55

1:33:12

2位

2:38:11

3:39:26

1:16:51

1:36:07

3位

2:42:43

3:40:12

1:17:36

1:43:19

4位

2:47:19

3:41:59

1:20:21

1:51:16

5位

2:47:44

3:43:54

1:22:24

1:51:54

6位

2:52:04

3:45:26

1:22:24

1:52:39

7位

2:53:07

3:45:28

1:24:23

1:52:45

8位

2:55:34

3:45:57

1:29:18

1:53:02

9位

2:56:45

3:47:57

1:30:50

1:53:28

10位

2:57:19

3:50:16

1:31:08

1:54:48

コース上の景観
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5km付近
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  アコウの木
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城跡のすぐ下、きつい坂
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  8km付近
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12km付近
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13km付近
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17km付近
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18km付近